子供の頃、やりたいことがあるのに親に止められたことはありませんか。「小学校に入るまで我慢しなさい」と。そしてこの理屈は延々と続きます。「高校を卒業するまで」「大学を卒業するまで」「就職するまで」「結婚するまで」「子供が生まれるまで」と。この種の我慢の連続は、一体どこまで続くのでしょうか。本来はやりたいことは制限せずにやる方が可能性が広まって良い場合も多いはずです。しかし事情は人それぞれですから、一概に言うことはできません。

ところで定年離婚という言葉があります。夫のリタイアを期に、退職金を慰謝料の原資とし、離婚するのです。この場合、妻は先のたとえからすると、最後の最後まで耐えたことになります。とすれば当然、最後の最後に正当な権利を行使しようとしていることにならざるを得ません。

しかし一般的に夫の側は、一家を長年支えてきたという自負があります。従って妻がそのようなことを考えているとは思いもよらず、離婚話はまさに青天の霹靂です。一家を支えてきたのは彼女の力が非常に大きいという事実を忘れているのです。お互いに一家を支えながらも双方の違いは、会社から給料をもらっていたということと、彼女が家庭を守る為に働いてきたすべては無償労働だったことの違いでしかありません。とすれば一家を支えてきたのは俺だという自負は、独りよがりあるいは甘えでしかないのです。もしこの独りよがり・甘えがなければ、パートナーの働きに対して相応の誠意を示して感謝する生活であったはずなのです。